正岡子規と「坂の上の雲」の感想文

寺本匡俊 1960年生 東京在住

セオドル  (第77回)

 先日ニュースで、ディープ・パープルがアメリカのロック殿堂入りを果たしたという記事を見た。今ごろになって何事か。シカゴと同期だという。イギリスのバンドは後回しなのであろうか。パープルを軽視するような殿堂など用はない。
 
 私は他のブログでレコードは過去の遺物などと書いてきたが、最近は売れているらしい。面白いのは、デジタル・サウンドは人間の可聴音域しか録音・再生しないが、アナログはその上下に外れた音も収録していて振動か何かで伝わるらしく、それがあのボーワーンという音響の一因ではないかという。つまり、ライブでは後者を聴いているということになる。


 レコード人気はアルバム・ジャケットにもあるらしい。これは良く分かる。特にロックは手の込んだジャケットをたくさん生み出した。それを求めて買うのをジャケ買いというらしい。よくもまあ次から次へと汚い言葉を造っては流行らせようとするものだ。下手人は出版界かネット商人か知らんが、いい加減にしてくれないものだろうか。

 ともあれ、ディープ・パープルも「ファイアー・ボール」や「イン・ロック」という素敵なジャケットを残している。「イン・ロック」は、音楽のジャンルと、ジャケットの絵を掛詞にしたもの。オープニング・ナンバーは「スピード・キング」。リッチー・ブラックモアは早引きで人気なんだろうが、私は彼のリフが好きで、「スピード・キング」でも快調だ。


 このジャケットの絵はパロディーで、本物はアメリカのサウス・ダコタ州にあるマウント・ラシュモア。二十数年前に行ったことがある。ニュー・ヨークで住民のジョン・レノンがアパートの入り口前で射殺されたダコタ・ハウスは、ダコタの出身者が建てたと聞いたことがある。NY旅行の際に覗いてみたが、警戒厳重で追い返された。

 ラシュモアの山腹には、見上げるような巨大モニュメントが彫り込まれている。当時の日本にはなかった言葉だと思うが、夜中には「ライト・アップ」もしている。むかし夜に懐中電灯で顔を下から照らすと怖くみえるという遊びをやったものだが、あれと同じようなというと失礼かもしれんが、そういう感じで大統領の顔が四つ並んでいる。


 ここに行ったとき、すでに「坂の上の雲」を二回ぐらいは読んでいたはずなのだが、ワシントン、ジェファーソン、リンカーンは小学生のころから知っていたのに、もう一人はどこかで聞いたようなお名前という印象しか持たなかったのを覚えている。アメリカの大統領で初めてノーベル平和賞を受賞したセオドア・ルーズベルトである。

 ここでは詳しく書かないが、前任者のマッキンレー同様、彼の治世もアメリカは決して平和な国家ではなく、着々と太平洋に帝国主義の触手を伸ばしている。日露戦争を戦った多くの軍人が、アメリカには気を付けろ、あの大国とは戦うなと言い残しているらしい。警告は聞き入られなかった。この平和賞は、ロシア以外の欧米人が戦争に巻き込まれなかったことを賞したものである。


 文庫本「肉弾」の前付けで、大隈重信の寄せ書きに続く見開き2ページには、左側に英文の手紙、右側にその和訳が載せられている。和文のほうの手紙の署名者は、「セオドル・ルースヴェルト 於大統領官邸」と記載されている。大統領官邸とは、英語のほうにホワイト・ハウスというお馴染みの愛称が載っている。

 宛先は「ルーテナント・サクライ」、櫻井中尉殿。どうやら私信である。内容は簡潔で、大隈伯爵から日本語版の「肉弾」と、英語版の「Human Bullets」を贈ってもらったと始まっている。大隈先生は日米のトップに同書を献呈したようだが、ニコライ2世にもちゃんと贈りなさったろうか。


 テオドル大統領は、本書を読んで「賛嘆」し、私宅に「珍蔵」することに決め、二人の息子にも読み聞かせたという。大統領は軍人の経験があるから、興奮なさったらしい。前回引用した短歌と似た文句も出てきており、日本語訳では「一朝有事の時に際して、我国家の為に奉公すべき義務ある一般青年の精神」となっている。

 しかし英文はそんなことは書いておらず、「戦争が起きたら国のために尽くさなければならないかもしれない若者へのインスピレーション」というような趣旨である。時代が和訳したのだな。このころから、剣よりも強いはずのペンをとって文筆活動に入った幸徳秋水が抹殺されたのは、この手紙(1906年3月付)のわずか5年後のことである。坂の上には雷雲があったらしい。


 大統領からの手紙の次の頁に、著者による簡略な前書きがあり、執筆動機について、旅順の闘いの「辛惨の一端を追記し、又た戦争の壮事及び其の悲劇」を読者に伝えたいと書いている。しかし、当時も今も、この辛惨や悲劇を気に入らない者が多く、櫻井さんもずいぶん泣かされたらしい。今も「戦艦大和ノ最期」とともに、酷評が絶えない。

 それらばかりがネットに残ったのでは堪ったものではない。とはいえ、単に戦争反対と言っているだけでは能が無いので、こういう本も読み、概略なりとも世に伝え残さなければと思う。ただの紹介文にならないよう、なるべく「坂の上の雲」と並行して読むような形にしたい。何回かお付き合い願えるとうれしいです。



(この稿おわり)











夜明け前  (2015年12月22日撮影)









































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