正岡子規と「坂の上の雲」の感想文

寺本匡俊 1960年生 東京在住

乃木さん  (第131回)

 小説「坂の上の雲」の感想文という形で、乃木希典大将を扱うのは難しい。乃木さんには、毀誉褒貶の歴史がある。「あとがき」から始めよう。文庫本第八巻に収められている「あとがき 四」の冒頭部分。「まず旅順のくだりを書くにあたって、多少、乃木神話の存在がわずらわしかった」と司馬さんは書いている。

 さらに、「旅順」という地名そのものに「磁気」があり、それがまだ残っているという。この小説が書かれたのは昭和三十年代で、つまり私の少年時代にあたる。磁気があったかどうか覚えはないが、旅順も乃木さんも有名であり、小学生でも知っていた。


 子供向けの雑誌やマンガに、戦争の話題がたくさん出ていたものだ。先の大戦が終わって十数年、まだまだ戦地の経験者が、作家や漫画家や編集者として活躍中のころである。戦争マンガなんて、本当にリアルであった。潜水艦の内部とか、戦闘機の旋回とか、今でも絵柄を覚えている。

 負けた戦争は子供向けには材料として冴えないが、乃木さんや東郷さんなら英雄であり、一部の方々にとっては神様。ここで、一つだけ個人的な経験を挙げると、中学一年生のとき、英語の時間に曜日の勉強をした。

 先生がダジャレ好きで、日本語の曜日と、英語の曜日を引っかけて覚えさせようとしたのだが、私は日曜日と「Sunday」の工夫しか覚えていない。「日本大将、乃木サンデー」というもので、出来具合はともかく、中一の私が学校で習ってもいないのに、乃木大将を知っていたのは間違いがない。


 これから徐々に書いていくことになるが、司馬さんは別に乃木さんの評価を全面的に否定しているわけでもないし、人格攻撃をしているわけでもない。もちろん、小説だから、性格や行動の短所・欠点の指摘はするが、その点は児玉でも真之でも容赦ない。

 しかし、将として無能であったという一点については、確かに頑として譲らず、これが軍神乃木信者に受け入れられるはずがない。しかも、彼らにとって乃木さんは明治天皇に殉じているのだから、広瀬や橘のようなヒロイズムで神様となった軍人とは格が違うのだろう。


 「あとがき」に触れたので、ついでに第八巻の続きに収められている島田謹二先生の「解説」にも触れよう。全般に高い評価をしつつ、二点ほど注文がついている。一つは、ご本人がアカデミーの所属とあって、「学者たちの努力のあと」も、もう少し論じてほしかったというもの。

 もう一つは、この小説に限らず司馬文学の批判としてよく語られるものだが、「ただ将器と謀才とを何人かの将士の中に識別する時、わかわりやすく善玉と悪玉とを説きわけすぎた点がありはしなかったか」というものだ。


 この善悪論については、この読者にも遺族にも遠慮なく書けるロシア側に顕著だと感じる。「善玉」にはマカロフじいさんがいて、猛将コンドラチェンコがいる。「悪玉」は何と言ってもロジェストウェンスキーとクロパトキンだろう。読み散らかせば、彼らの性格の弱さ悪さで、帝国ロシアが負けたようなものだ。

 それでも随所に、日本軍と比べ戦歴が乏しい二人を陸海の総大将に選んだり、指揮命令系統が混乱したり、現場任せで情報も伝えないような本国の批判は繰り返し書いているのだが(これは、先の大戦の指導者に対する司馬遼太郎の批判そのものなのだ)、読者は「悪口」のほうが好きだから、私も含めて印象は、島田先生ご指摘のようになる。


 これは学者の姿勢としては当然のことなのだが、娯楽小説は書く方も読む方も、取りあえず戦っている最中は善悪二元論のほうが楽しいのであり、だとえば頼朝と義経も、尊氏と楠公も、忠臣蔵も、そういう次第となる。司馬さんはここまで感情が豊かでなければ、記者を辞めて小説家にはなるまい。


 日本軍でいうと、「乃木信者」の目には、司馬遼太郎が児玉や真之を「善玉」に描き、乃木・伊地知のコンビを「悪玉」扱いにしているように見えるだろう。

 何しろ、歴史の重さからは逃れられない。戦車も爆撃機もない時代の局地戦で、旅順は敵味方に無数の死者を出した。しかも当初は戦略目標でもなかったのに。それが乃木さんの責任と言われたと思えば、居ても立ってもいられないのか、今なおネットで挽回しようと頑張っている人たちが多い。


 直接の反論にもならないことを書いて終わります。誰も賛成してくれないかもしれない。「坂の上の雲」も、また、同じく司馬さんの小説「殉死」も、これまで少なくとも五回は通読しているし、所々ページを開いてみたというのまで含めれば数えきれないほど読んだ。
 
 読むたびに、私は乃木さんが好きになる。不思議なものだが、理由らしい理由を考えてみるに、一つしか思い浮かばない。きっと司馬さんも、乃木さんが好きだったのだ。そうでなければ、分量だけでもこんなに書くことはあるまい。このあと、「跳ぶが如く」にも登場する。

 「坂の上の雲」での出番の多さも、主人公三人に次ぐだろう。そして、いろいろな角度から、乃木さんを見ている。「坂の上の雲」の主題は、この時代の「日本人とは何か」であると、「あとがき 一」にある。司馬遼太郎は、乃木希典を貶めたくて詳述しているのではなく、「磁気」や「信仰」を振り払う必要があったのだと思う。



(おわり)



山の上の雲  (2017年7月21日撮影)




































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