正岡子規と「坂の上の雲」の感想文

寺本匡俊 1960年生 東京在住

第二回が失敗してから  (第157回)

 ここでときどき引用・参照している平塚柾緒「旅順攻囲戦」という本は、正確にいうと「写真が記録した日露戦争 旅順包囲戦」(学研M文庫)という題で、とても重宝している。学研だけあって説明が平易で分かりやすく、地図や写真が豊富で、また「坂の上の雲」に出ていない出来事なども載っている。

 世の中には司馬遼太郎が嫌いな人が増えたようで、二十八サンチ榴弾砲など、ほとんど威力が無かったなどとネットに書き込んでいる。では、平塚さんの同書で確かめよう。志賀重昂先生が榴弾砲の試運転を見学したのが、1904年10月1日でした。

 
 前掲「旅順包囲戦」によると、10月1日の第一発は旅順の要塞を飛び越え、旅順市街と港に届いた。「巨弾の威力は凄まじかった」とある。市内の製粉工場に6発が落下して施設を粉々にし、ステッセルのご自宅にも命中した。何より大きいのは、旅順港内の艦隊に届き始めたことだ。

 詳細は省くが、10月2日から7日までの砲撃で(海軍の陸戦重砲も含む)、戦艦「レトウィザン」「ポルタワ」「ポベーダ」「ペレスウェート」等に数発ずつ命中している。旅順艦隊は実質的に、この時期の砲撃で尻もちをついて果てたと言ってよかろう。


 第二回総攻撃の再開は、10月25日に攻撃命令が出て、翌26日に砲撃が始まった。旅順市内と、10月30日に歩兵の進撃開始が予定されている正面要塞が標的になった。10月27日には、二〇三高地も砲撃されている。

 同時に先述の工兵によるジグザグの塹壕堀りも進められた。歩兵が丸見えにならずに、なるべく要塞に近づけるよう「近接坑道」を掘り進めた。先の話になるが、文庫本第五巻「水師営」の章に、降将ステッセルが乃木将軍に対して、この工兵の勇気を「世界に比類のない勇敢さです」と褒めたというエピソードが紹介されている。


 ステッセルは併せて、砲兵の射撃能力の高さと、二十八サンチ榴弾砲の威力を評価しているのだが、主たる兵種というべき歩兵については、「一言の賛辞も述べなかった」と書かれている。これは聞きようによっては、歩兵の運用に関する乃木軍批判に受け取られかねない。実際、司馬さんの論調も、そんな雰囲気が漂っている。

 あくまで想像ですが、ステッセルの立場にたってみれば、一向に要塞に取りつくことができず、遠くから狙い撃ちされてばかりだった日本歩兵は、銃砲隊に任せておけば大丈夫で、他方、工兵の塹壕はじりじりと自分に向かって着実に進んでくるから、怖かったのかもしれない。


 計画どおり10月30日に歩兵の突撃が始まった。主な攻撃対象は、右翼の第一師団が松樹山、中央の第九師団が二竜山、左翼の第十一師団が東鶏冠山というお馴染みの強敵に向かった。駄目だった。31日以降も攻撃は続いたが戦況は好転せず、第二回総攻撃も失敗に終わった。

 それにしても、乃木さんはなぜ今回の歩兵戦から二〇三高地を外したのだろう。前回の被害がよほどひどかったので、砲撃だけにしたのだろうか。それもあるかもしれないが、何より兵が足りなくなってきたのだろう。


 薩摩じいさんの大迫尚敏中将が率いる旭川第七師団の話題は、ずいぶん前に出したが、彼らの旅順行きが決まったのが、この第二回の失敗の後だ。11月13日に決定、第七師団は大連に11月20日到着。23日に第三回総攻撃命令が出ているから、この流れが兵力増強を待ってのものだったのは間違いないだろう。

 第二回の失敗は国民の心境に大きな打撃を与えたと平塚さんの本は語る。与謝野晶子が「君死にたまふことなかれ」を発表したのが第二回の最中。国民は最初の旅順が落ちたというのが誤報であることが当然わかってきた。日本中が葬式ばかりになった。

 
 乃木家に投石が始まったのも、このころだそうだ。中には、現役の青年将校が乃木家に押し掛け、静子夫人に乃木司令官の辞職を迫るという騒動まであったそうだ。これはやり方が酷いが、ここまで政府による戦争の惨禍が極まると、家族や知己を喪った人たちや、重税に苦しむ人々が怒るのは当然のことだろう。

 このあと日本の軍部は、治安維持法特高国家総動員法や戦陣訓など、あの手この手で身固めをして、一般人の口をふさぐという乱暴な手に出た。司馬遼太郎が乃木・伊地知に手厳しいのは、何も「戦下手」だけだからではない。

 でも、下手は下手だろう。第七師団が参加し早速行われた参謀会議において、決まったことといえば決死隊の募集だった。大規模な奇襲部隊を組成すべしという第一師団長の提案を受けてのもので、「特別予備隊」と命名された。3106名。その外装から、後に「白襷隊」と呼ばれる。そう呼ばれたころには、部隊ごと消滅している。




(おわり)





冬の散歩道  (2017年12月23日撮影)




























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