ヘロヘロ水雷 (第121回)
前回の最後にご登場いただいた出羽重遠と瓜生外吉の両司令官は、すでにこのブログの話題になっている。前者は仁川の砲撃、後者は対馬沖の接近遭遇。少し年月も経っているので、また題材にさせていただこう。
瓜生さんが拙宅の近所に亡くなるまでお住まいだったことは、そのときに触れた。子規も書き残しているように、このあたり一帯は、加賀前田藩が維新後に買い求めた土地であり、瓜生さんも石川のご出身である。
以下は主に鈴木貫太郎の自伝による。瓜生・鈴木のお二人は、日清日露の両戦役の間、一時期、陸上勤務をしている。大本営にいたらしい。瓜生さんが作戦担当の軍令局、鈴木さんが軍政担当の軍務局にいた。
このころ、軍令部では水雷の調達に関し、最新の理論に基づいて、かつての接近して近距離で撃つものを廃し、遠く3千メートルの距離から発射するタイプのものに変更するという企画が出てきた。
軍令部の担当局長だった瓜生さんは、本人いわく、水雷のことは知らんが、部下がマカロフ将軍の推奨だから間違いなしということで決裁した。このマカロフ将軍というのは、ロシアの戦術家と書いてあるので、あの「マカロフじいさん」のことだろう。
駆逐艦というのは、水雷艇を駆逐するために開発された軍艦であるらしい。それほど水雷というのは、重要な武器なのだろう。予算もかかる。軍令部内だけではなく、軍政担当の軍務部にも稟議する必要があった。
ところが、この軍務局のほうに鈴木貫太郎という、日清戦争以来の水雷屋がいて頑固である。そんな遠くから撃っても敵にかわされるし、当たったとしても速度が遅いから、今の信管では爆発するはずがない。そもそも、遠くから撃って逃げるようでは、兵の士気に関わる。
間の悪いことに、彼の上司の加藤課長も、これに同調して動かない。軍令局から瓜生大佐が説得に出向いても、首を縦に振らない。この加藤課長とは、少し前にフルネームが出てくる。のちに、瓜生や鈴木と運命の海に浮かぶことになる加藤友三郎。
中年期の鈴木貫太郎の顔写真をみると、NHKドラマ「坂の上の雲」で、「花火の淳五郎」時代の淳さん、秋山真之を演じていた少年が、そのまま大人になったようなガキ大将そのものの面構えをしている。
対する加藤友三郎は細面の顔立ちで、越南あたりの街角で一弦琴でも弾いているのが似合いそうな風貌であるが、どうして部下にも負けず、筋を通す。とうとう両局の足並みがそろわず、やむなく上にあげた。
海軍ナンバー2の斎藤次官が、鈴木担当者の説得にきた。貫太郎は自説を曲げず、しかし斎藤次官から、もしも大臣が決裁したらどう思うと訊かれ、その是非は何時の日か証明されるであろうが、大臣が責任を取られるというなら、それまでだと返答し、書類は軍務局の捺印をとばして、ようやく大臣の決裁が下りた。
このときの海軍大臣は、山本の権兵衛さん。海軍次官は斎藤実で、数十年後に鈴木貫太郎とともに、二・二六事件で標的にされた。斎藤は凶弾に斃れ、鈴木は急死に一生を得ている。
日本海海戦の初日夕刻から、水雷戦が始まる。鈴木貫太郎は第四駆逐隊を率いて、「捨て身」の攻撃に走り回った。敵はこちらを狙うために照明灯を照射してくるのだが、それが目標になり、かえって良かったと書いている。
ナバリンを沈めてから、鬱陵島方面に向かうと、「ドンスコイが第四戦隊の瓜生さんにつかまって攻撃されている」ところだった。「お相伴にそれを見物していて、夜になったら撃沈しようと思った」そうだが、見世物にされたドンスコイにもプライドあり、自沈した。
開戦後しばらくして6月に入ったころ、鈴木さんが対馬の尾崎湾に入ると、出羽重遠司令官の旗艦「千歳」が停泊中だったため、敬意を表するため訪問することにした。祝勝会が終わったところのようだった。
司令官室に入ると、お客さんがいる。かつて、「ヘロヘロ水雷」が役に立つもんかと追い返した上官の瓜生外吉だった。中将は彼を見て喜び、手ずからシャンペングラスを持ってきて、酒を注いでくれた。さらに、「今日は君のために祝盃を挙げる。今度は君に兜をぬぐ、君の先見の明に服す」という。
勝って兜の緒を締めよ、と東郷さんが警告したのは、まだ後になってからだ。瓜生さんは、かつての水雷論争をよく覚えていたらしい。そして、「今日になってみると、全く君のいったとおりだった」とご機嫌の様子。相当、呑んだあとだったかもしれん。
鈴木貫太郎によると、「例の出羽司令官がニヤニヤ笑われて」、座は和やかに、祝盃の場となった。瓜生さんは、闊達、磊落、公明正大な人だったと後年、語っている。
ちなみに連合艦隊は、少し前の旅順では機械水雷を湾口に撒いた。戦艦「べドロバブロフスク」が大爆発を起こしたのを、鈴木さんはその目で見た。「マカロフが吹っ飛んだぞ」と冗談を言っていたところ、本当に死んでしまったと書いている。
(おわり)
テニアン島のヤドカリ (2017年1月12日長男撮影)
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