正岡子規と「坂の上の雲」の感想文

寺本匡俊 1960年生 東京在住

春天  (第113回)

俳句の季語に、春天と書いて「しゅんてん」と読むものがございます。春一番ときくと強風を思い浮かべますが、春天となると、何ともうららかな感じがいたします。虚子も春が好きだったようで、春の空をよんだ句が多い。 雨晴れておほどかなるや春の空 虚子 他…

花旅団  (第112回)

子規のメモから第二師団の話を始め、これが長くなったのは、途中「東北でよかった」旨の発言をした薄馬鹿下郎(失礼)の閣僚が出たからだ。もうお仕置きは受けているので、ここでは程々にして本日、結びの一番。 遼陽に次ぐ沙河の会戦においても、黒木の第一…

饅頭山の戦い  (第111回)

「児玉がつねづね自分のあたまの内容をうたがっていることを知っている」黒木は、渡河作戦の重要さを改めて児玉源太郎に諭され、「おいをこけにするか」と卓子を叩いて怒った。ともあれ、全軍を引き連れて渡った。目の前に高粱畑が広がっていたらしい。コー…

仙台第二師団の門出  (第110回)

子供のころから知っている日露戦争の戦場といえば、旅順であり奉天であり対馬沖であった。映画になるのは、二〇三高地と日本海海戦であった。陸軍記念日と海軍記念日は、奉天と対馬沖における勝利の日であった。 小説「坂の上の雲」の貢献の一つは、これらの…

落合と首山堡  (第109回)

手元の文春文庫「坂の上の雲」第八巻は、最後の章「雨の坂」に続き、「あとがき」(一から六)がある。最後に、手ぐすね引いて出番を待っていた姿が目に浮かぶような巨星島田謹二による渾身の「解説」があるのだが、このあとがき集と解説の間に「落合と首山…

鵄  (第108回)

皇師遂撃長髄彦連戦不能取勝時忽然天陰而雨氷乃有金色霊鵄飛來止于皇弓之弭其鵄光曄莘条如流電 このブログも、煩悩の数だけ叩いて第108回。格調高く漢文で始めてみました。かくのごとく日本書紀は本邦初の史書なのに、漢語で書かれている。たぶん中国に読ん…

雁  (第107回)

最後の輪王寺宮は、後に赦されて伏見宮家に戻った。されどご本人は肩身が狭かったのか、海外留学を切望され、明治天皇の御許可を得た。宮様は明治天皇の叔父である。商船でドイツに渡った。出航時には同じ船に西園寺公望が乗船していたらしい。 6年余りの留…

彰義隊  (第106回)

うちの近所に徳川慶喜が引っ越してきたのは、後に明治元年と年号が改まる慶応四年のことだった。近所の話題が続きますが、あと二回の予定です。以下の大半は、吉村昭著「彰義隊」に拠る。彼の最後の歴史長編である。吉村さんも近所の東日暮里で生まれ育った…

婆の茶店  (第105回)

先を急ぐ前に、せっかく道灌山と御陰殿の地名を出したので、ごく一部だけ、高浜虚子著「子規居士と余」から引用する。子規は自分の事業すなわち俳句の分類ほか文学の研究を、虚子に継いでほしいと願った。しかし虚子は創作活動に専念したい。 その場面は、ま…

御陰殿の坂と橋  (第104回)

これからしばらく、上野や根岸、谷中や日暮里の地理や歴史のごく一部という地味な話題を続けます。くどくならないよう、正岡子規の著作や「坂の上の雲」によく出てくる地名・人名に所縁のあるものに絞ります。 上野の台地(昔の名は、双ヶ岡。ならびがおか)…

道灌山再掲  (第103回)

これからしばらく、近所の話が続きます。うちの近所とは、地名でいうと根岸、上野、谷中、日暮里など。行政区画でいうと東京都の台東区と荒川区。信号機に捕まらなければ、うちから子規庵まで5分とかからないし、「坂の上の雲」に登場する地名・人名の所縁に…

一本のろうそく  (第102回)

旅順から金州に戻った後の出来事は、やはり「青空文庫 従軍紀事」で読むのがいいので、詳しく転記するのはやめます。ルビもあるし、百年以上前の文章にしては読みやすい。司馬遼太郎ほか少なからずの人が、子規の散文も言文一致の運動に一役買ったという指摘…

春の草  (第101回)

1895年の4月、子規は15日に大連の柳樹屯に上陸して金州に一泊、翌16日から宿は再び海城丸となったが、19日に「小蒸汽船にて旅順へ赴けり」となった。旅順ではちょうど「大総督府附新聞記者」の一行も上陸してきて、一緒に彼らの記者宿所に入ったが、ここもま…

ほうかん  (第100回)

帝国陸海軍は、日露戦争の時期においてさえ、外国観戦武官の処遇をないがしろにして不当な報道をされ、国債の売れ行きに支障が出たという話が、「坂の上の雲」文庫本第四巻の「遼陽」に出てくる。観戦武官の中には、「われわれは豚のようにあつかわれた」と…

プロフェッショナリズム  (第99回)

前回の補足から始めます。子規が「新聞記者にして已に国家を益し兵士を利す」にも拘わらず、官尊民卑の侮辱に遭ったと書いていることについて、そのあとに、別の表現でこういう風にも言っている。 軍功を記して天下に表彰する従軍記者が将校下士の前に頓首し…

国家を益し兵士を利す  (第98回)

前々回に書き留めた内藤鳴雪先生の句、「君行かば山海関の梅開く」は、ただ単に名所を織り込んだものではなく、子規が従軍した近衛師団が、ここに行く予定という噂があったからだ。後日触れるが、この噂のことは子規自身が「従軍紀事」に書き残している。 私…

その人の足あとふめば風薫る  (第97回)

先般、私はここで軍事好きの「坂の上の雲」ファンも、文学好きも、正岡子規の一面しか見ていないと大見えを切った。撤回しません。「坂の上の雲」にも同様のことが書かれている。新しい国家をつくった国民的高揚の中で、子規も「一枚張りのロマンチスト」に…

吾人、文学に志す者  (第96回)

子規はせっかく入った東京大学の文学部なのに、中退せざるをえなくなった。司馬さんすら「子規も、よくなかった」と書いているように、多分に自業自得だった。二回も落第しているのだ。それも、全力で試験に取り組んだ結果ならともかく、年譜によると試験を…

従軍記者としての子規  (第95回)

拙宅はマンションの中層階にあり、建物が大通りに面していることもあって、東京の割には見晴らしがよい。上野の森も、スカイツリーも見える。そして眼下には根岸の里。ペンシルビルに隠れて直接は見えないが、子規庵も中村不折が建てた書道博物館もすぐそば…

黒木軍 鞭声粛粛夜過河  (第94回)

川中島といえば頼山陽だ。上杉軍は鞭声も粛々と、夜、千曲川を渡る。暁に見る武田軍、一千の兵。鴨緑江で名を馳せた常勝将軍、黒木為腊がこれを遥かに超える規模で、渡河に挑戦することになる。 私はこの黒木さんが好きで、いつか紙面を割いて、もっと詳しく…

敵前一曲の琵琶  (第93回)

前回話題にした琵琶の逸話は、おそらく司馬さんも吉村さんも読んだであろう出典らしきものの名前を見つけた。あいにく、その現物を探し当てたわけではないが、「敵前一曲の琵琶」と題して発表されたものであるらしい。 その「大要」が国立国会図書館に収めら…

川中島  (第92回)

先月、新潟の温泉に旅行に行ってきた。関東から行く場合、国境のトンネルを抜けると越後の国である。山が深い。上はその温泉郷で撮った写真です。越後といえば上杉謙信。 先週、長野の松本に出張に行ってきた。関東からは北回りの長野新幹線(今は北陸新幹線…

書道博物館  (第91回)

今回は地味な観光案内のような記事です。しばらく前に話題にした子規の友人、画家・書家の中村不折が創設した書道の博物館。現在は東京都台東区が所有・運営しているため、正式名称を「台東区立書道博物館」という。同区のサイトよりご案内。http://www.tait…

子規が眺めた雲  (第90回)

別件で忙しく、こちらのサイトをしばらく休んでいます。今日は天気が好く、かつて子規が散文に写生していたとおりの雲と空が拙宅からも見えましたので、書き残しておきたくなりました。写真の真下のビル街に、かつて子規や家族が住んでいました。本日撮影。 …

王子紀行  (第89回)

前回、どこで読んだか覚えていないと書いた不折の住まいに関する子規の一文は、あっさり見つかった。「ひとびとの跫音」の「子規旧居」という章に出てくる。折レ曲リ折レマガリタル路次ノ奥ニ折レズトイヘル画師ハスミケリ。中村不折は先ず絵、続いて書で名…

丹青  (第88回)

丹精こめてという言葉が好きで、こういう日本語は大切に後世へと伝えていきたい。そんな気持ちでいるためか、最初に「子規居士丹青図」という絵をみたとき、子規が丹精込めて絵を描いているという意味だと思った。間違いでありました。 手元に何冊かある子規…

火の国  (第87回)

熊本の地震で被災された皆さまにお見舞い申し上げるとともに、亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。しかも、最初の震度7が前震と言われているほど、もっと大きな揺れが今朝、未明にあった。震源地が少し離れているようで、私にはどちらも本…

南山の奥  (第86回)

小欄では、乃木さんだの東郷さんだのと馴れ馴れしい感じで気軽に書いているのだが、奥保鞏陸軍大将は、その伝でいくと奥さんになってしまう。どうにもならない。その奥さんについて、司馬さんは文庫本第四巻「遼陽」において、「南山の奥」とカッコ付きの表…

小倉口  (第85回)

櫻井忠温著「肉弾」の第五章「上陸の危険」によれば、後に紹介する第二軍の報告にも出てくるとおり、軍隊の行動に支障をきたすほどの悪天候の下、著者の属する連隊は上陸を果たした人数だけでも、この地で最初の露営をすることになった。ところがその夜、南…

不如帰  (第84回)

ホトトギスという鳥は、なぜそう読めるのか分からない漢字の名前をいくつか持っている。正岡子規は大喀血をしたとき、「坂の上の雲」にも出てくるように、口の中が赤いため血を吐くまで鳴くといわれる「子規」を号とした。柳田国男は「遠野物語」で、ホトト…